高校の国語の先生から建築家へ「自然と一体になる家」ができるまで
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- 福岡 みほ
1979年 愛媛県生まれ。大学で哲学を専攻した後、高校の国語教師を経て、建築の道へ。設計事務所に勤務後、2018年に独立。現在、建築ブランド“morinoie®︎”を主宰。住宅や別荘のほか、プロダクトデザインも手掛けている。また、版画や日本画を中心としたアートも制作。現在、南青山を拠点に、愛媛の自宅と軽井沢の山荘の3拠点生活をしている。Instagram:@fukuokamiho

「設計は自然の声を聞くことから始まります」
――福岡さんは軽井沢や八ヶ岳ほか、避暑地の家を数多く手掛けています。設計した家は、その土地に溶け込み、自然の一部分になっているように感じます。また、建物の中にいると、自然に守られているという安心感に包まれます。
うれしいです。それは、私が敬意を払い、インスピレーションを得ているのが自然だからかもしれません。そもそも人間という存在も、その営みも含めて自然の一部。いつも「森をお借りして、建てさせていただいている」という気持ちで設計をしています。
私は依頼をいただくと、まず現地に赴きます。そこで、風の抜け方、土地の傾斜、そこに生えている植物、苔やシダの湿り具合、動物や鳥の気配などを五感と全身で読み解きます。何度か通ううちに、その土地自身が「私はこういう特徴があるので、こうした方がいいよ」というアドバイスをくれるように感じるのです。
これを参考にしながら、その地点の夏至と冬至を中心に、太陽の軌道を重ねていきます。夏至は日射による暑さの対策、冬至は日当たりの確保を考えつつ、季節ごとの移り変わりを想像する。土地の条件にもよりますが、太陽に素直に設計すると、四季を通じて快適であり、かつ省エネルギーな家が自ずとできると考えています。
そのほか、森羅万象と会話し、土地を理解した上で、建てる方の希望や完成イメージを伺い、調和させていきます。すると、自然景観に溶け込むような、控えめで心地よい佇まいの家に仕上がっていくのです。

高校の国語の先生から、建築家へ
――自然をリスペクトする姿勢、深い思考は哲学的でもあると感じました。
もしかすると、大学で哲学を学んでいたから、「なぜそうなのか」を考えてしまうクセがあるのかもしれません。哲学は既存の考えを疑い、本質や真理を問い続け、思考を深めていく学問です。建築の領域で「なぜ」を考えると、自然という「補助線」が答えを導くヒントをくれると感じています。
――生粋の文系である福岡さんが、なぜ理系の建築家の道に進んだのでしょうか。
それは、私が昔香川県で高校の国語教師をしていたことから始まります。あるとき、丸亀市にある猪熊弦一郎現代美術館に行き、建築と作品との調和に心奪われ、いつしか通うように。
あるとき、その建物を設計した世界的な建築家・谷口吉生先生の展示が行われていました。たまたま、谷口先生がいらっしゃって、お話をさせていただく機会を得たのです。その時に「私も建築を仕事にしたい」と強く思い、学校を辞めて職業訓練校に通い始めました。
大きな方向転換は、まだ何者でもなかった頃の、純粋な熱量があったと思います。その後、地元の工務店に入り、現場経験を積みました。家を建てることは、私が最も好きでやりたいことです。「もっと仕事をしたい」と、日々、過ごしていたのです。当時、結婚し娘も生まれたばかり。育児の真っ最中でしたが、夫や両親の理解と協力を得つつ、若さもあったから乗り切れたのでしょうね。ただ、好きなことを真剣に行なっていると、多くの方が応援してくださり、素晴らしい出会いもありました。
そんなたくさんのご縁の中でも、建築家・永田昌民先生との出会いが、心に刻まれています。設計を仕事にしてから、先生の著書『大きな暮らしができる小さな家』を読み、多大な影響を受けました。
30代で自宅を建てることになり、「これはぜひ、永田先生に」とお願いに行ったのです。でも、私が設計の仕事をしていることを知ると、「自分でやりなさい」と断られてしまって……それでも、何度かお願いするうちに引き受けてくださったのです。
設計が始まってから、その仕事を間近で見て、多くの学びと気づきをいただきました。しかし、先生はその途中で亡くなってしまい、私が引き継ぐことに。恩師と仰いでいた方から、バトンを渡され、自宅を完成させた経験は、私の宝です。

縁を引き寄せるのは、直感に忠実だから
――福岡さんは、縁を引き寄せる力が強いと感じます。現在、共にmorinoie ®を主宰する建築編集家・五十嵐さとしさんとも、アメリカの建築視察ツアーで偶然知り合ったと伺っています。
昔からご縁には恵まれていると思います。それは、直感に忠実であることが大きいかもしれません。感覚をクリアにしていると、必要なものが入ってくるという実感があります。
もしかすると、母に誘われ、高校時代に始めた、瞑想の力があるのかもしれません。瞑想は、雑念を横に置き、心を無の状態にします。最初はよくわからないまま始めたのですが、続けるうちに自分の状態がよくなっていると感じるようになりました。
それから約30年間、毎朝5〜20分の瞑想を続けています。好きなお香を焚き、意識を呼吸に向けていくと、心が軽くなっていくのです。また、瞑想をしていると、感覚も鋭くなるので、目に見えないもの……例えば、光、風、時間の堆積、関係性、思念などもつかみやすくなるようにも感じます。
もう一つ加えるなら、学ぶことが好きという私の性格もあるかもしれません。今、私は美大の日本画科の4年でもあるのですが、大学に通っているとたくさんの出会いがあり、幅広い年代の同級生から多くを学びます。ただ「やってみよう」ともう一度大学生になったのはいいのですが、そこからが大変で(笑)。たくさんの課題と仕事を両立させながら、なんとか卒業することが今の目標です。
――建築家、大学生、妻、母と、一人4役を担っているのですね。
今は、仕事と勉強がメインです。結婚生活も20年以上になり、今はもう妻と母という役割に縛られず、家族は個として尊重し合う関係になりました。今振り返ると、家事と育児に追われていた時期は、ほんの数年だったんですよね。今、夫は愛媛の自宅で、私は東京で暮らすという遠距離婚をしています。
夫は仕事をしながら、日本拳法の指導者として青少年の育成も行っており、なかなか多忙です。娘は今大学生で、今年から一人暮らしを始めたこともあり、母業もいったん終了かな、と思っています。
今、私を含めて、家族全員が「自分のため」に動いています。それぞれが自立し、人生を充実させているから、互いを思うことができる。また、離れて暮らしているから、心の結びつきは強くなっていることを感じます。ふとしたときに、家族からの愛情を感じ、心が満たされることも多いのです。

ーーライフステージに応じて、家族の形も変わっていく。余計なことを削ぎ落とした関係が、互いの自立と心地よさにつながっていくことに、多くの人が気づき始めています。
家族のために献身した時期があるから、互いのつながりが強くなり、自分自身がこれからの人生ですべきことが見えてくるのでしょう。
これは、建築にも同じことが言えて、一度、多くの要素を盛り込んで、これ以上ないくらい「FAT」(太った・厚い)状態にしてから、余計な要素を削ぎ落とすと、本質が見えてくる。これが、居心地の良さや自然との共生にもつながっていくのです。でも、最初からこれはできず、一度FATにならないと、本質は現れないから不思議ですよね。
人生も、たくさんの経験をして、失敗を繰り返した先に、大切なものが手元に残っていくと感じています。これからも多くを学び、手元に残ったものを大切に磨き上げていこうと思っています。
そんな福岡さんが大切にしている言葉は?
本質は、足すことでなく、削ぎ落とすことであらわれる。
福岡さんとお話していると、20世紀に活躍した、建築家・ミース・ファン・デル・ローエの名言「Less is More」(少ない方が豊かである)を思い出しました。少ないもので豊かに暮らすことは、自然との共生にもつながっていきます。「自然は人の意思が及ばないからこそ、一筋縄ではいきませんし、変幻自在だからこそやりがいもあります」という福岡さん。この考えから生まれる家は、多くの人に安らぎをもたらし、長きにわたって住み継がれていくでしょう。
福岡さんの暮らしに欠かせないアイテム
心も暮らしも豊かになるマグカップとボウル
ロンドン郊外で活躍する陶芸家・Steve Harrisonさんのマグカップとボウル。「ハンドルの形状が特徴的で持ちやすく、口当たりも心地いいマグカップです。ボウルは、窯に入れて焼いている途中に塩を噴射するソルトグレイズという彼独特の手法によるもの。自然を感じる不規則な模様が特徴的で、眺めているだけで心も暮らしも豊かになります」(福岡さん)
撮影/古谷利幸 モデレーター/田口まさ美 エディター/前川亜紀